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自分が旅の中で感じた、旅のエクスタシーのようなものを日本に訪れる人々に届けたい

大崎章弘様は民泊黎明期の日本で事業を開始し、金融機関のインバウンドセミナーでの講師業なども行いながら、現在は「泊まれる個展」「シェフ付き民泊」「民泊×ルーフトップサウナ」などの魅力的なコンテンツに満ちた民泊事業を大阪で次々と成功させていらっしゃいます。民泊運営以前の旅人時代からのエピソードを交えお話を伺いました。「株式会社グレートステイ」WEBサイト https://minpaku-osaka.info/

Airbnbの事業はどのような経緯で始められましたか?

カンボジアに住んでいた頃の大崎章弘さん(写真中央・右から三番目)

私は若いころカンボジアに1年間住んで、そこでキックボクシングをやっていました。その仲間のロシア人やドイツ人の友達とみんなで一軒家を借りたのが、住まいをシェアエコノミー化した最初です。その後空いてる部屋で、カウチサーフィンやFacebook グループなどのツールを使ったり、旅人が友達を紹介したりといったかたちで民泊のようなを事やっていました。私自身新しい人に会うのも好きだし、事業というよりは楽しいライフスタイルの一環としてやっていました。

カンボジアに住むことになったのはどうしてでしょう。

カンボジアの人々(大崎さんご提供写真)

初めてカンボジアを訪れたのは20歳の時で、緩やかに流れる時間、人々の暖かい笑顔に魅せられ、いつかこの国に住んでみたいなと思うようになりました。そして25歳になり、起業を考えたときに、ライオンを膝蹴りで倒した伝説をもつ格闘技「ボッカタオ」というものがあるというのを知り、この格闘技を日本でひろめることで起業しようと考え、指導ライセンスを取ることを目的にカンボジアに移住しました。それだけでなく、現地でポータルサイトなどのウェブ事業を始めました。ボッカタオは『踊るように闘う』と評され、カンボジアの無形遺産である格闘技で、すばらしい文化です。

最終的にライセンスは取得できたのでしょうか。

ファイティングポーズの大崎章弘さん(中央左)

はい。日本人初の国際指導ライセンス(黒帯)を獲得し、帰国後はカンボジアのキックボクシングのチャンピオンを日本に招聘したり、興行のサポートも行いながらボッカタオとは関わっていました。

帰国されすぐ日本でAirbnbを始められたのですか?

カンボジアには遺跡も多い(大崎さんご提供写真)

いいえ。帰国してすぐはレンタカー会社の役員として迎えられ、経営に関わっていました。しかし旅するように暮らしたいという気持ちはすっぱりぬぐい切れてはいませんでした。私が日本に帰ってきた2014年ごろは、ちょうど世界中でAirbnbが流行していました。
当時休暇を利用して台湾に旅行に行った際に、ホストと気軽に友達のように話したり、部屋にあるPocket Wifiで街中に出かけることが出来たりと、私は「何て素敵な革命的なサービスが始まったことか」と思いました。それで自分でも(副業で)Airbnbを始めることになったのです。しかし、開始当時は事業として成立させたい気持ちは薄く、27歳と若かったということもあって、バックパッカーの延長線上で楽しみながら運営していました。

Airbnbのビジネスはそこから拡大したのですか?

カンボジアの観光地・アンコールトム(大崎さんご提供写真)

そうですね。周囲の人の中に「Airbnbに興味はあるけど、英語が不自由でホストになる自信がない」「普段仕事をしているから細かいゲストからの要望にこたえきれないから代わりにやってほしい」といった相談を受けるようになりました。そこで、私は海外生活で培った英語スキルやシェアリングエコノミーをしていた経験を活かし、代行サービスを始めることにしたのです。

Airbnb黎明期から代行業を始められたのですね。

カンボジアの市内(大崎さんご提供写真)

そうなんです。最初のうちはゲストと食事に行ったり、自分も楽しんでいました。しかし段々お客様のニーズが変化し、ホテルの代わりとしてAirbnbを使うなど、段々ビジネスライクな雰囲気になってきました。2016年に民泊新法が制定されたことも相まって、もろもろの規制も強まり物件管理のプロである不動産業者が参入するようになりました。幸いなことに、自分がAirbnb事業を立ち上げた場所は大阪で、特区民泊という制度のお陰で民泊が合法的に認められ、大きな追い風が吹くことになりました

どういった物件を管理されていましたか?

Image photo from o-dan.net

大手の業者が割に合わず面倒で手が出しにくいような物件は、大阪に特化した弊社だからこそ小回りをきかせて、柔軟に対応をしており、弊社が得意とするところであります。             自分の旅の思い出や旅先で感じていたことから逆算し、インテリアデザイナーと協力しながら、空間を演出しました。アート作品を飾って、その空間で行われるゲスト同士のコミュニケーションをデザインするなどの取り組みはゲストにも高い評価を得ています。

民泊事業として会社組織を立ち上げたのは早い段階だったのですね

Image photo from o-dan.net

そうですね。民泊をやり始めた時は、簡単に儲かる話しとして世に蔓延っていた民泊事業ですが、一方自分もオーナーとしてホスティングを行ってみて、参入障壁がとても低く感じられたので、このままだと日本のマーケットは飽和状態になる」という危機感も同時に抱きました。

そこで民泊セミナーを始められたのですね?

民泊セミナーを開催(大崎さんご提供写真)

そうなんです、まずはグレートステイとして法人化させ、セミナーなどを開催していきました。当時珍しかった民泊セミナー開催ですが、そのご縁でパナソニック株式会社さんや近畿産業信用組合さんなどお引き合わせがあり、他の大手企業や銀行からのお問い合わせも多くなりました
早くからセミナーを開催して良かったと思います。エアグローバルエージェンシーの近江さんともそこで知り合いました。

事業を拡大するために意識していたことはありますか?

Image photo from o-dan.net

不動産は、基本的にその土地と資本に根差しているものなので、いくら自分たちの考えや哲学を突き詰めてても、その地の不動産オーナーや企業と結びつかないと事業を拡大することができません
そのことはエアビ―の事業を開始した当初から意識していました。その甲斐あって物件数を増やすことに成功出来たのです。経済特区に制定された大阪で民泊を行うメリットをセミナーなどでしっかり伝え、多くの大家さん、企業さまからの運営の委託を受け、自分たちのビジネスを拡大させることができました。

コロナ禍後はどのような対策をされていましたか?

Image photo from o-dan.net

インバウンドのお客様は、海外旅行ですから、旅のコンテンツを「ジャパン・大阪」という街に求めていますので、ホテルや旅館と違って、STAYというシンプルな機能は残しつつ、宿泊施設の設計をしていました。しかし、コロナでその前提がすべて崩れ、凄く苦戦しました。
街がコンテンツという機能ををもたなくなったコロナ禍では、コンテンツのしっかりある宿というところに人気が集中していました。例えば温泉旅館とかグランピングでは稼働率があがっていたわけです。しかし、私たちが作っていた宿というのは、元々のインバウンドを前提に、自分たちで料理が出来る、ホテルのような毎回シーツを替えないなどのコンテンツをシンプルにした宿泊施設だったので、戦況としては厳しいものがありました。

コロナ後はどんな戦略を立てて、局面を乗り切ったのですか?

Image photo from o-dan.net

世情に即した企画を打ち出していきました。例えば、「シェフ付き民泊」という企画を設計する際、入念なマーケティングをしました。当時、2~3000円で提供していた某大手ホテルチェーンA、ここに太刀打ち出来る私たちの要素は何だろうと考えたときに「キッチン」が有るということは重要な点だなと考えたんです。
2020年の5月6月ぐらいは、緊急事態宣言下で、外食に行くのこともなかなかできない状況でしたが、私たちが提供している宿は、キッチンもあるし広々してるし、貸切宿の場合、ホテル以上に感染症対策が出来ているというところです。 そこで、貸切宿にシェフを呼ぶことができる、「シェフ付き民泊クーネルハウス®」というサービスを始めました。                                       

そのサービスに関して、もう少し考えをお聞かせください。

家族連れに好評なシェフ付き民泊

改めて、このコロナ禍で「自分たちで事業を立ち上げて起業してる理由は何だろう?」と内省し、社会であったり世の中でに感じてる違和感みたいなものに対して、自分たちのビジネスや、自分たちのクリエイティビティで解決できるサービスを提供できないか、という思いを募らせていました。緊急事態宣言下では、自粛警察という物騒な言葉も出ていた世の中だったので、世の中はギスギスしている印象があって、「人生を楽しむことを萎縮して欲しくないな」という思いが強くありました。
奥さんとの結婚記念日や、子供の誕生日といった大事な人の記念日は必ず来るわけですよね。でもなかなかやっぱりそれを祝うことが出来ない。そんな世の中のムードに抗いたかったです。

「人生を楽しむことを委縮しない」そのためのサービスの設計ですね。

民泊×出張シェフ 三密を回避できる宿付きレストラン

そうです。私たちが提供している宿は、キッチンもあるし、貸切宿なので、家族で家でご飯食べるのと変わらないじゃないか、というところに着地したのです

マスコミの取材など、世間の反応も大きかったようですね?

テレビ出演時のグレートステイ 代表取締役 大崎章弘さん

そうですね。当時の世相とも合致したのか24時間テレビであったりとか、サンケイ、読売、朝日新聞に取り上げていただく機会があり反応も大きかったです。

民泊にコンテンツを作る、というのはこれから重要になってくるのでしょうか?

d3 HOTEL+

弊社では現在、美術館や個展の中に泊まれるというコンセプトで作った「泊まれる個展®」という宿泊型のアート鑑賞プログラムを展開中です。ホテルのエントランスにアート作品が飾ってるとかっていうのは、どこでもあると思いますが、民泊施設にアート作品を展示するという取り組みです。パブリックでありながらも、プライベート・自宅でもない、宿泊施設なんだけれど住空間という、その曖昧な領域でアート作品を楽しんでもらえるという企画はどこにもありません。
また、この企画と同じように、民泊内にコンテンツを作るというものでは、ルーフトップバーならぬ「ルーフトップサウナ」を民泊施設の屋上に作りました、こちらもゲストからは大変好評です。

【d3 HOTEL+】https://stay.osaka.jp/ 「泊れる個展®」、「ルーフトップサウナ」など、珍しいコンテンツを展開中。

たこ焼き器の無料レンタルを用意しており、サウナから出てきて、たこ焼きをつつく体験もできるようにもなっています。これは、グローバリゼーションとは拮抗するローカリゼーションの魅力だと考えています。そういった良さを民泊で提供できればと思っています。

エアグローバルエージェンシーの良いところは?

グレートステイ 代表取締役 大崎章弘さん(右)と,
エアグローバルエージェンシー 代表 近江幸生(中央右)(大崎さんご提供写真) 

大阪でセミナーを行っていた際、協業したご縁でエアグローバルエージェンシーと繋がりを持ちました。近江さんのセミナーを聞いて、ホテルにキリンがいる民泊を考えたりとか笑、スモールビジネスの起点を生かして面白いことができないかと、様々な提案をし合いました。大手では発想が出来ない、そういった特化した宿泊プロダクト コンテンツを開発提供できる、価値を届けられる、それこそ世界で戦っている 企業の価値だといった価値観は、弊社も同じものを持ち合わせています。                        付加価値が高い宿泊施設をプロデュースするというスピリットが通じ合うオーナーさんであれば、エアグローバルエージェンシーは、大変良きアドバイザーになってくれる会社だと思います。

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