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【社長インタビュー】「札幌民泊のお手本は、皇帝ペンギンの愛の巣作りです」

Yukio Omi

インバウンド先進国の民泊運営を知りたいですか?airbnb民泊代行業を営むAir Global Agency Japan の近江幸生代表取締役。海外での起業経験を生かし「民泊じゃないと体験できない宿泊体験を」と、ふるさとの札幌で企画運営をしています。近江さんが民泊運営を始めようと思ったきっかけから、会社設立までの経緯、これからの民泊運営成功のカギを伺いました。

海外生活をはじめ、タイで初めに借りた物件(撮影近江代表)

airbnb民泊の現況 インバウンド解禁後とそれから

2013年、インバウンドが解禁されて、ホテルがたりないというところに外国人が押しかけますという状況になり、宿泊する場所が不足して大変となった時に民泊に火が付きました。初めはもう開ければ何でも入ったっという状況が解禁直後2013年ぐらいの話です。

そこで不動産市場にどういう変化が起こったかというと、まず外国人入居可やペット可の物件の不動産を抱えたオーナーさんが、民泊に転向してもいいんじゃない?という考えで民泊解禁のブームに乗り、多くの人が貸し始めました。しかし、そういった一般価格以下の家賃しか徴収の見込みのない物件は、駅から近くてもエレベーターがないとか、駅の音がうるさいとか、または日本人で地の利があれば絶対借りては住まないような交通の便が非常に悪いところであるとか。そういう一癖ある物件にすごく民泊が増えたんです。

札幌から世界へ 旅をするように仕事をしたい

僕は2013年ぐらいの時には、中学校高校から抱いていた夢「世界旅をするように仕事をしたい」というビジョンを追っていました。その間プライベートでは前妻と別居生活をした時でした。一人になってみて自分の心の声に耳を澄ませると、やっぱり海外に移住するとか旅をするように暮らしたいという夢を捨てきれないなという思いが強まってきていました。僕の夢は、具体的にどんなライフスタイルで実現するのかなと考えた時に、当時のベースは飲食業経営でしたが、まずタイマッサージのお店を開業しました。そこでタイに行く用事を作って店のスタッフを海外研修としてタイに連れてって、マッサージを覚えさせ日本に戻ってきて施術をさせたりということをはじめてみたのです。

札幌でのカウチサーフィンのホスト経験

2013年、僕はテレビで「カウチサーフィン」というものを知りました。旅好きの僕は、これは面白いなと思ってまず自分の家でホストとしてやってみることにしました。カウチサーフィンっていうのは Airbnb の前身のところにあるシェアリングエコノミーで、空いてる部屋を誰かに貸してあげる、家のソファーやカウチに、外国人であってもリクエストを承認されたら部屋に気軽に泊めてもらえるという仕組みです。ホストになって募集を開始したところ沢山問い合わせが来ました。男性ホストの私の家に、女の子が一人で泊まりに来たいという問い合わせもかなり多くて。その中から僕はあえてコーケージャンの女性を選んでカウチサーフィンで泊めてあげていました。リビングのソファーでブランケットを貸してあげて宿泊させるという感じです。

札幌の富裕層向け物件でゲストと朝食

当時、札幌市内でもすごくいい部屋に住んでて、女性が「素敵な部屋ねー」と褒めてくれるような極上物件でした。1階に管理人さんがいる物件だったので、カウチサーフィンの来客があるたびに彼はしたり顔で「あの親父は毎日のようにとっかえひっかえ女性を連れて帰ってきては、朝方2人でニコニコしながら出ていく」みたいな感じで僕のことを見ていました笑。毎朝「今日はどんなの連れ込んだのか」的な顔で一瞥するみたいなそんな日常です。

この真っ白なお部屋は、僕が民泊スタートした時の部屋です。皇帝ペンギンの映画を見て、メスを惹きつけるには巣の環境が大切だと再認識。そこから常に住まいは良いところを選ぶようにしていました。しかし、僕的には、当然ですがカウチサーフィンで来た人に対して下心は全くありません。朝ごはんは朝食パーティーをしましょう、僕は日本の朝食を作るのであなたはあなたの朝食を作ってくださいって感じで、朝食の交換会をしてさわやかに2人で食べるというのをやってました。カウチサーフィンは僕がいない時は部屋に居てはだめルール、僕が家に帰ってくる時は一緒に帰って朝出かけるときは一緒に出かけて鍵も一切渡さないというルールなんです。そういう生活をしてる時にそのうちカップルを宿泊させたりするようになりました。

カップルを泊めた時に感じたのは、海外から来る男性は色々と面白いお話ししてくれる人が多いということ。夜はモヒートでも飲みながら一杯付き合ってくれるのも一人暮らしの寂しさもまぎれて良かったです。相変わらず管理人さんには不思議そうな顔で「何故今度はイケメンの外人を連れて帰ってくるんだ」みたいな笑。毎日何してるのかしら?両刀使いなのかしら?とか顔に書いてあるような気がしていましたね。

札幌で airbnb を始めたきっかけ

象遣いの証明書。 「突然の象でお困りの際はご用命ください…(近江代表)」

カウチサーフィンのホストをするようになって、あるフランス人の男性と知り合いました。23歳ぐらいで世界一周してる人でした。アフリカではキリマンジャロに登って、インドではガンジス川で沐浴してヨガをして、そのあとタイではエレファントキャンプで象遣いの資格を取ったとか、ベトナムに行ってどうしたのか中国で何しただとか、日本は九州から北海道にヒッチハイクであがってきたんだとかいって…。 面白いね君ってなったんです。お金はどれくらいかかるの?と聞いたら、ざっくり500万円かかるよと。 そのお金どうしたんだいと聞いたら「実はパリにある家族と住んでいる僕の部屋を借りに遊びに来た外国人に貸して、その売上で世界を回ってるんだ」って。それは何?って聞いたら airbnb だよと教わって。「Yukioのこの部屋も絶対に借りる人いるからやってみな」って言われて始めたのがきっかけです。

初airbnbで初月75万円の売り上げ

Airbnb をやって、初めはリビングだけでやっていたのですが、泊った人が「ここはいい部屋だからまるまる借りたいよ」というから、じゃあ一泊2万5000円だとどうかな?といったら、そのあとまるっと1カ月予約が入って、その月75万円の売り上げができました。部屋を貸している間自分はどうしたかというと、ビジネスホテルに引っ越して、仕事をしながらそこで暮らしていました。そこで初めて「なんだこの生活は?面白いな」と思ったんです。札幌市内で駅近の1 LDK とか、家族で来る人たちが多かったので、一戸建てを借りたりして色々貸し先を増やしてみました。

1年間経営してわかったairbnbのツボ

1年airbnbやってみて経営者として色々分かったこと。私はそれまで経営といえば飲食店の経験しかなかったから、主にそれとのギャップです。例えば豚の生姜焼き定食っていうのは1000円って決めたらずっと1000円、1月に食べに行っても7月に食べに行っても1000円ですよね。しかし、宿泊料金って日によって月によって値段が変わるんです。ホテルは繁忙期と閑散期がありますから。最初は何もわからず、airbnbを年がら年中同じ値段でやっていました。ホテルが一泊2万円台だっていうときは、1万円代でお客さんが入ったりするけど、ホテルがローシーズンの時はお客さんが入ってこなくなる。それじゃ続きませんね。ハイシーズンの時はより高みを目指して、ローシーズンは早めに売り出せば年間の稼働も良くなる。同時に、1人2人の顧客を狙っている物件は年間通してみるとあんまり稼働しないってこともこの時点でわかったんです。

airbnb ターゲット「家族連れ顧客」のレビューを上げたい

部屋を丸ごと貸し切ってくれる家族連れ顧客は高単価のため魅力的でした。しかし、家族連れをターゲットにしてるところは、通年通して集客は得られるんだけど、airbnb のレビューは悪かったんです。なぜレビューが悪いのかといえば、例えば4 LDK の家お風呂は一個しかない、トイレは一個しかない。そこに8人ぶち込むから、夜帰ってきたら8人がシャワー待ちになるし、朝起きたらトイレの8人待ちになってしまいます。だから需要はあるけどレビューが悪いんですね。そこまではわかっていましたが、日本にいたその時はこれはどうやって解決したらいいか?っていうのがハッキリとわからない状態。お客さんの深層心理がわからない感じでした。

インバウンド先進国・タイ移住、ホテル修業時代

【写真 タイ ホテルのメンバーと】 それから、自分の経験を振り返って、飲食業は経験があったけどホテルには全くやったことないなと思った時に、某大企業のホテル&スパ、タイでのリゾート施設の新事業の募集が目にとまりました。レストランウエディングだとか色々書いてあって。僕はウエディングの経験もあったからそこに応募したんです。初めは看護師の妻が採用されました。

そのリゾート施設もクリニックも併設していたので、日本の看護師の免許を持ってる方が欲しかったようです。僕よりも妻が先に採用になって、僕の採用は1、2ヶ月たってから採用という話だったんだけど、面接して採用の決定が出る前にもうタイに引っ越してしまいました行けばどうにかなるという思いもあって。まあ帰ってきても、ダメならダメでしょうがないでしょ。まず行ってみれば先に進むという思いで日本の民泊は全部 閉めてタイに移住しました。

当時、バンコクのソイ32にユージニアホテルというのがあり、そこでキッチンというポジションで採用されたんです。偶然にもそのホテルには、そうそうたる日本のホテルのエリートメンバーが集まっていました。沖縄のリッツカールトンのバンケットの担当だったとか、大阪のリッツカールトンのパティシエだったとか、名古屋のヒルトンの支配人でしたとか。とにかく凄いホテルマンに囲まれて1年間過ごしました。

「民泊はホテルに勝てるのか」

いろいろやってみて、民泊は「ホテルに勝てるのか」っていうことを自分の中で検証した結果、圧倒的に勝てるっていう結論に至りました。ホテルで働きながら大阪の民泊を運用しはじめました。それと同時にタイのサービスアパートメントを知人のNさんの所から借りて2部屋から始め、その部屋を20室へと徐々に事業を拡大しました。

2016年民泊運営の会社をタイでスタート

2016年には、タイでの部屋数も50部屋ぐらいまで拡大して、とても自分1人で回すのは無理になってきました。そこでタイ人を雇って会社をスタートしました。

タイの富裕層向け物件に住んで気付く

タイコロニアル デザインのホテル(撮影近江代表)

タイに住んでみて、旅行で来てる時には分からなかった事に次々気付きが起こります。海外では、例え家族であっても水回りを共有する文化がないこと。例えば2つベッドのコンドミニアムとはマスターベッドルームに専用のお風呂とトイレについて、もう一部屋はトイレとシャワーその部屋用で使えるようになっている。そしてたとえ家族であっても川の字に寝る文化というものもありません。日本では当たり前だと思ってることは海外ではあまり当たり前じゃないんだということに気がついたんです。

airbnbの事業をスタートした経緯

日本らしい演出とは?(撮影近江代表)

ずばり、すべて海外目線で物件を作って、外国人に貸したら高単価になるんじゃない?っていうので始めたのが、僕がこの事業をスタートした経緯です。

海外移住を経てつかんだairbnb家族顧客のニーズ

民泊っていうとホテルが高いから安い民泊に行くって、みんなそう思ってるけど、僕は自分の海外経験を通じて「民泊じゃないと体験できない宿泊がある」ということを声を大にしていいたいです。ホテルで10人で泊まりたいといっても5部屋なかなか同じフロアで取れない。お父さん8階、おじいちゃん5階、子供達3階みたいな。最近 はカードキーの管理で、自分の宿泊フロア以外のところに立ち入れないところが多いから、家族であっても他の人が泊まってる部屋に入れないわけです。たとえば、念願の北海道旅行に来て、一家団欒、夕張メロンが食べたいから張り切って美味しいメロンを買ってきて冷蔵庫で冷やして食べようっても、そのメロンが入る冷蔵庫がなかったり、みんなで切り分けて食べたくてもホテルは包丁もまな板もかしてくれなかったりするんですよね。

Airbnb家族旅行の”一番の主役”に届けるサービスを

(@Hans Braxmeier イメージ画像)

結論からいうと、家族旅行の一番の主役は誰か?っていったら圧倒的に奥さんなんです。旅行の主役が奥さんなのに「なんでランドリーが部屋にないの」「何で家族旅行で来てるのに私だけそれを持ってコインランドリー行って、終わった後それをまた家族から離れて回収に行かなきゃいけないの?」というのが本音ですよ。ホテルに頼めばパンツ1枚いくらで洗ってくれるかもしれないけど「そのコストって1週間10人で旅行したらいくらになると思ってるの?」というのが正直な感覚なんですよね。

ゲスト全員「今日は楽しかったね」と旅情に浸れる民泊を

外国人はお金がないわけじゃなくて、無駄なことにお金を使うの嫌いなだけだったりするんです。ちょっとした下着類は部屋に洗濯機があればそれで洗濯できます。10日旅行に行こうと思っても、持ってくる服って4日分とかそれくらい。あとお土産買って帰りたいし。途中で洗い物がたまったら洗濯しながら旅行しようと思ってきても、日本のホテルでは意外とそういう洗濯の設備がない。「今日は楽しかったね」と旅情に浸りながら家族団らんする場所も日本のホテルにはほとんどないんです。そういうことを総合的に考えたら、家族旅行で使える民泊は、ホテルでは出来ない体験が生まれる貴重な場所ということになります。僕が民泊の家族旅行こそ単価が高く、 FIT のニーズの真ん中にある認識でいるのはそういった理由なんです。

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